元幕内力士の旭大星は、2024年12月に現役引退を発表し、2025年1月場所を最後に17年間の力士生活に幕を下ろしました。最高位は西前頭八枚目。2018年夏場所では新入幕ながら10勝を挙げ、敢闘賞を受賞した実力者です。左膝の大けがによって序ノ口まで番付を落としながらも、関取復帰を目指して土俵に戻った姿は、多くの相撲ファンの記憶に残っています。
2026年10月現在、注目されているのは、引退後の仕事や油そば店の開業計画、外国人向けの相撲体験コーディネーターとしての活動です。日本相撲協会の公式プロフィール、日刊スポーツやスポーツ報知などの報道、所属するSUMOエージェンシーの発表、出身高校の活動報告をたどると、引退の経緯だけでなく、再出発に向けた取り組みも見えてきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の仕事:引退後は飲食店で修業する一方、SUMOエージェンシーへの加入や相撲体験の仕事、講演活動にも取り組んでいる。
- 引退理由:左膝の大けがから復帰したものの、関取への再昇進がかなわず、2024年秋場所の負け越しなどを経て引退を決断した。
- 主な実績:最高位は前頭八枚目。通算成績は483勝434敗80休で、新入幕の2018年夏場所に敢闘賞を獲得した。
【2026年最新】旭大星は現在何をしている?引退後の仕事を整理
旭大星こと大串拓也さんは、現役引退後、相撲界で培った経験を生かしながら、飲食業と相撲関連の仕事という二つの方向で新たなキャリアを築いています。
2025年1月8日の日刊スポーツとデイリースポーツの引退会見報道によると、大串さんは東京都内の油そば店「きりん寺」で働き始めていました。将来の目標は、自分自身の油そば店を開業すること。調理だけでなく、掃除や皿洗いなども経験し、飲食店経営に向けた修業を進めていると報じられました。
さらに、2025年6月13日には、SUMOエージェンシーが大串さんの新メンバー加入を発表しています。同社の発表では、飲食店の独立開業を目指して勤務を続けるとともに、イベント出演や講演会などにも積極的に挑戦する方針が示されました。
2025年12月12日付の旭川志峯高校の報告では、卒業生である大串さんが母校の講演会に登壇。引退後は外国人向けの相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーなどの仕事に携わり、大相撲の魅力を国内外に広めていると紹介されています。
一方、2026年の近況については、2025年末までの活動を具体的に伝える公表情報が確認できるものの、油そば店を正式に開業したとする発表や、開業日・店舗名を示す確かな続報は見当たりません。したがって、現在の状況を説明するうえでは、飲食店経営を目指す修業と、相撲の魅力を伝える活動が引退後の主要な仕事として報じられてきた点を押さえる必要があります。
日本相撲協会に残って親方として後進を指導する道ではなく、一般社会で新しい仕事に挑戦する道を選んだことも、旭大星の引退後を考えるうえで重要なポイントです。
【引退理由】左膝のけがと関取復帰への挑戦、決断までの経緯
旭大星の引退を理解するには、2022年に負った左膝の大けがと、その後の長い復帰過程を振り返る必要があります。
日刊スポーツの2024年12月26日付報道によると、旭大星は2022年初場所から左膝の大けがを理由に5場所連続で休場しました。十両から幕下へ番付を下げた時期に重傷を負い、長期間、土俵に立てない状況に陥ったのです。
大相撲では、休場が続けば番付が大幅に下がります。十両以上の関取と幕下以下では、待遇や給与体系などにも違いがあるため、番付を戻すことは競技面だけでなく生活面でも大きな意味を持ちます。旭大星にとって、けがからの復帰は単に相撲を再び取れるようになることではなく、関取の地位を取り戻すための挑戦でもありました。
2022年九州場所では序ノ口から再起。その後、番付を少しずつ戻し、2024年名古屋場所では幕下19枚目まで復帰しました。しかし、続く秋場所は2勝5敗と負け越し、九州場所も全休。2025年初場所の番付は西三段目20枚目となりました。
2024年12月25日に引退届を提出し、翌26日に日本相撲協会が受理を発表。翌年1月8日の引退会見では、師匠の大島親方(元関脇・旭天鵬)とともに土俵人生を振り返りました。
北海道の道新スポーツは会見の内容として、2024年秋場所の負け越しを受けて「潮時だと思った」と引退の意思を固めた経緯を伝えています。日刊スポーツの報道でも、左膝のけがから再起し、再び関取を目指したものの、復帰がかなわなかったことが引退までの大きな流れとして説明されています。
ただし、引退を単純に「左膝のけがが治らなかったから」とだけ説明するのは正確ではありません。大けがによる長期休場と番付の下降、復帰後の成績、関取への再昇進が実現しなかったことなど、複数の事情が重なっています。
引退会見で旭大星は、17年間の力士生活について「楽しい17年間だった」と振り返り、相撲を取れなくなる寂しさはありながらも、引退そのものに未練はないという趣旨の思いを語りました。けがに苦しんだ時間だけでなく、自分が納得できるまで土俵に挑んだ経験も、決断の背景にあったと考えられます。
【経歴・年表】旭大星の最高位は前頭八枚目、通算成績は?
日本相撲協会の公式プロフィールによると、旭大星の本名は大串拓也。1989年10月18日生まれ、北海道旭川市出身で、所属部屋は大島部屋です。しこ名は入門時の「大串」から「旭大星」へと改められました。
旭川大学高校(現・旭川志峯高校)の柔道部出身で、2008年1月場所に初土俵を踏みました。柔道で培った投げや足技を生かしながら番付を上げ、2014年7月場所に新十両、2018年5月場所に新入幕を果たしています。
以下は、日本相撲協会の公式プロフィールと引退時の報道をもとに整理した主な経歴です。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・備考 |
|---|---|---|
| 2008年1月 | 初土俵 | 北海道旭川市出身。大島部屋に入門 |
| 2014年7月 | 新十両 | 初土俵から約6年半で関取に昇進 |
| 2018年5月 | 新入幕 | 10勝5敗で敢闘賞を受賞 |
| 2018年名古屋場所 | 最高位に到達 | 西前頭八枚目 |
| 2022年 | 左膝の大けがから長期休場 | 5場所連続休場後、序ノ口から再起 |
| 2024年名古屋場所 | 幕下で復帰を目指す | 幕下19枚目まで番付を戻す |
| 2024年12月25〜26日 | 引退届の提出・受理 | 関取復帰を果たせず、現役引退を発表 |
| 2025年1月場所 | 引退場所 | 日本相撲協会の公式プロフィールに記載 |
| 2025年6月1日 | 断髪式 | 大島親方の止めばさみでまげに別れ |
旭大星の代表的な実績は、新入幕の2018年夏場所で10勝5敗を記録し、敢闘賞を受賞したことです。新入幕力士が幕内で二桁勝利を挙げるのは簡単ではありません。最高位の前頭八枚目は、こうした幕内での活躍によって到達した地位でした。
日本相撲協会の公式プロフィールに掲載された生涯戦歴は、483勝434敗80休、100場所。幕内戦歴は19勝23敗18休で、幕内在位は4場所です。三賞は敢闘賞1回で、殊勲賞と技能賞は受賞していません。
通算成績だけを見ると、幕内で長く活躍した力士というより、関取の地位を目指して長年番付を上げ続けた力士という側面が浮かびます。2008年の初土俵から2025年の引退まで約17年間、十両昇進と新入幕という大きな目標を一つずつ達成し、けがの後も再起を目指しました。
【引退後の仕事】相撲体験コーディネーターと油そば店開業の夢
引退後の旭大星が取り組んでいる仕事には、飲食店での修業、イベント出演、講演会、外国人向けの相撲体験コーディネートなどがあります。これらに共通するのは、現役時代に身につけた経験や人とのつながりを、土俵の外で生かそうとしている点です。
油そば店の開業は、引退会見の段階から語られていた目標です。日刊スポーツとデイリースポーツの2025年1月8日付報道では、東京都内の「きりん寺」で勤務し、将来自分の店を持つために修業していることが紹介されました。スポーツ報知も2025年6月1日の断髪式報道で、飲食店で修業を続けながら開業を目指していると伝えています。
相撲部屋での生活と飲食店の仕事は、もちろん同じではありません。しかし、共同生活の中で身につける規律、日々の作業を積み重ねる姿勢、周囲との連携といった経験は、新しい仕事にも生かせる可能性があります。経営者になるには調理技術だけでなく、仕入れ、衛生管理、接客、資金計画など幅広い準備が必要です。店を持つという目標は、現役引退後も段階を踏んで取り組む長期的な挑戦といえます。
もう一つの仕事が、外国人向けの相撲体験コーディネーターです。2025年12月の旭川志峯高校の活動報告では、大串さんが相撲体験の仕事やSUMOエージェンシーの活動を通じて、大相撲の魅力を国内外に伝えていると紹介されました。
相撲体験では、力士として土俵に立った経験そのものが強みになります。競技の歴史や作法、稽古の考え方などを、初めて相撲に触れる人にも伝わる形で紹介できるからです。現役力士としての経験を、観戦する側と体験する側をつなぐ役割に転換する仕事とも考えられます。
また、2025年12月には母校の講演会に登壇し、在校生の質問に答えたり、柔道部員との力比べに参加したりしました。厳しいプロの世界で経験したことを若い世代に伝える活動も、引退後のキャリアの一部になっています。
ただし、油そば店の開業と相撲関連の仕事は区別して考える必要があります。前者は本人が目標として語ってきた独立計画であり、後者はエージェンシーへの加入や母校での講演など、具体的な活動が報じられています。2026年の時点で、開業済みの店舗を確定情報として紹介できる状況ではありません。
【断髪式・ドキュメンタリー映画】旭大星の人柄と力士人生を振り返る
旭大星の歩みを知るうえで、引退後の断髪式と、入門当時を記録したドキュメンタリー映画『辛抱』は欠かせません。どちらも、番付や勝敗の数字だけでは伝わりにくい、力士としての時間を知る手がかりになります。
2025年6月1日、東京都内のホテルで行われた旭大星の断髪式には、照ノ富士親方(元横綱)や高安らを含む約400人が出席しました。日刊スポーツとスポーツ報知の報道によると、最後は師匠の大島親方(元関脇・旭天鵬)が止めばさみを入れ、大串さんは17年間の力士生活に区切りをつけました。家族もはさみを入れ、式は終始和やかな雰囲気で進んだと伝えられています。
断髪式は、単に髪を切る儀式ではありません。大銀杏を結う力士としての生活を終え、一般社会で新たな人生を始める節目です。約400人が集まったという報道からも、長年の土俵生活で築いた人間関係の広がりがうかがえます。
もう一つの重要な記録が、フランス人女性映画監督ジル・クロンが手がけたドキュメンタリー映画『辛抱』です。2013年公開の作品で、上映時間は83分。大串拓也さんが大島部屋に入門してからの半年間を追い、相撲部屋での生活や、プロの力士として歩き始める過程を記録しています。
作品紹介によると、高校卒業後に柔道の道へ進みたいと考えていた大串さんが、周囲の勧めもあって相撲部屋に入門するところから物語が始まります。現在の旭大星を知る人にとっては、幕内昇進やけがからの再起を経験する前の姿に触れられる作品です。
『辛抱』という題名は、旭大星のその後の力士人生とも重なります。初土俵から新十両まで約6年、新入幕までは約10年。さらに左膝の大けがを経て、序ノ口から再び番付を上げようとしました。華々しい新入幕の成績だけでなく、長い準備期間や思い通りに進まない時間も含めて、そのキャリアを理解する助けになります。
映画の内容を引退後の本人の発言と混同することには注意が必要です。『辛抱』は入門当時を記録した作品であり、2026年の仕事や生活を直接伝える最新ドキュメンタリーではありません。一方、2025年の引退会見や断髪式、母校の講演会報告は、引退後の姿を知るための別の資料になります。
【体重・妻・子供】旭大星のプロフィールと家族に関する情報
旭大星の基本プロフィールについて、日本相撲協会の公式力士プロフィールには、身長185センチ、体重145.3キロと掲載されています。得意技は両前みつや出し投げで、柔道経験を持つ力士らしく、組んでからの攻めや投げを得意としていました。
体重については、引退後に所属したSUMOエージェンシーの2025年6月のプロフィールに115キロという数字も掲載されています。公式プロフィールの145.3キロとの差は30.3キロですが、それぞれの測定時期や条件は明確ではありません。このため、30キロ以上の減量を達成したと断定することはできません。引退後に体格が変化した可能性は考えられるものの、確かな変化量を判断するには、同じ条件で測定した時系列データが必要です。
家族については、2017年9月に一般女性との婚約を発表し、2018年6月に挙式・披露宴を行ったことが日刊スポーツなどで報じられています。2025年1月の引退会見に関するデイリースポーツの報道では、妻と3人の男の子がいることが紹介されました。記事では当時、子供たちの年齢は5歳、2歳、0歳と伝えられています。
引退会見では、家族に良い生活をさせたいという思いも語られました。長く続けた力士生活を終え、飲食店の仕事や独立開業を目指す背景には、競技者としての次の目標だけでなく、家族を支える仕事を築いていくという生活上の課題もあります。
一方で、家族の現在の生活や子供たちの詳しい近況については、継続的に公表されている情報が限られています。家族構成として報じられた内容と、家族の日常に関する推測は分けて捉えるのが適切です。
旭大星の引退後を考える際には、体重や家族の話題だけを切り取るのではなく、17年間の競技生活を終えた後に、どのような仕事を選び、どのように新しい生活を組み立てているのかという流れで見ることが重要です。
【旭大星】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:旭大星は2026年現在、何をしていますか?
A1:2025年の報道では、油そば店「きりん寺」で独立開業に向けた修業を行い、SUMOエージェンシーでの活動や、外国人向けの相撲体験コーディネーター、講演活動にも取り組んでいました。2025年12月の母校の報告でも、相撲の魅力を伝える仕事が紹介されています。2026年に店舗を開業したという具体的な公表情報は確認できません。
Q2:旭大星の引退理由は何ですか?
A2:2022年の左膝の大けがで5場所連続休場し、序ノ口から再起したものの、関取復帰を果たせませんでした。2024年秋場所で2勝5敗と負け越し、九州場所も全休。翌年初場所の番付が西三段目20枚目となったことなどを経て、2024年12月に引退を決断しました。
Q3:旭大星の最高位と通算成績は?
A3:最高位は西前頭八枚目で、2018年名古屋場所に到達しました。日本相撲協会の公式プロフィールによる通算成績は483勝434敗80休、100場所です。2018年夏場所の新入幕時には10勝5敗で敢闘賞を受賞しています。
Q4:旭大星の油そば店はすでに開業していますか?
A4:2025年1月と6月の報道では、東京都内の「きりん寺」で修業し、自分の店を持つことを目指していると伝えられました。ただし、開業済みの店舗名や所在地、開業日を示す確かな発表は確認できません。修業と開業の目標を、実際の開店と混同しないことが大切です。
Q5:旭大星の妻や子供について公表されている情報はありますか?
A5:2017年に婚約を発表し、2018年に挙式・披露宴を行っています。2025年1月の報道では、妻と3人の男の子がいることが紹介されました。子供の年齢は当時の報道によるもので、現在の詳細な家族情報が継続的に公表されているわけではありません。
まとめ:旭大星の現在を知るうえで押さえたい3つのポイント
旭大星は、最高位の前頭八枚目に到達し、新入幕で敢闘賞を受賞した後も、長い力士生活を送りました。左膝の大けがによって序ノ口まで番付を落としながら再起を目指したものの、関取復帰はかなわず、2024年末に引退を決断しています。
引退後は、油そば店の開業を目標に飲食業で修業を続けるとともに、相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーでの活動、講演などを通じて相撲の魅力を伝えています。2025年6月の断髪式や同年12月の母校での講演会は、第二の人生を歩む姿を示す具体的な出来事です。
旭大星の現在を追う際に押さえたいのは、第一に引退の直接的な経緯と左膝のけがからの再起、第二に通算483勝434敗80休という記録と幕内での実績、第三に引退後の仕事と独立開業への挑戦です。とくに、開業を目指していることと、実際に店舗を開業したことは区別して理解する必要があります。
17年間の土俵生活で培った経験を、飲食業や相撲文化の発信へとつなげている旭大星。2026年以降の動向を知るうえでは、店舗開業に関する正式な発表や、相撲体験・講演活動の新たな報告が、今後の注目点となりそうです。 (出典: 旭 大 星(Yahoo!ニュース))