2026年10月現在、元幕内力士の大翔鵬は、現役引退後の新たな人生を歩んでいる。2026年10月4日には東京・両国国技館で断髪式を行い、約13年間にわたる土俵生活に区切りをつけた。現在は妻が代表を務める輸入雑貨の通販会社で仕事に取り組み、将来的には古巣の追手風部屋を支える後援者になることを目標に掲げている。
本名はチミデレゲゼン・シジルバヤル。モンゴルのウランバートル出身で、現役時代は身長185センチを超える大きな体格と、右四つからの力強い寄りを武器に活躍した。最高位は西前頭9枚目。引退の背景には長年の腰痛があり、関取復帰を目指した努力の末に決断を下した経緯がある。現在の仕事や妻との生活、現役時代の実績、断髪式で語った思いを整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の仕事:妻が代表を務める輸入雑貨通販会社「ナラン」で働き、事業に携わっている。
- 断髪式:2026年10月4日に両国国技館で開催。霧島、琴桜ら約130人がはさみを入れた。
- 現役時代:最高位は西前頭9枚目。通算成績は417勝433敗2休で、幕内には9場所在位した。
- 引退の理由:腰痛の再悪化と、得意の右四つでも本来の力を発揮できなくなったことが大きかった。
- 今後の目標:仕事で成功し、いつか追手風部屋のタニマチとして古巣を支えることを目指している。
【大翔鵬の現在】2026年は断髪式を終え、輸入雑貨の仕事へ
大翔鵬は2026年2月に現役を引退し、同年10月4日に断髪式を終えた。10月27日現在は32歳。力士としての活動に幕を下ろし、妻とともに新たな仕事に取り組んでいる。
2026年10月4日付のスポーツ報知や共同通信の報道によると、現在の仕事は妻が代表を務める輸入雑貨などを扱う会社での業務だ。母国モンゴルに関係する雑貨や衣料品などを取り扱い、通販を中心とした事業に携わっている。
引退後の生活で注目されるのは、相撲界に残るのではなく、一般のビジネスに軸足を移した点だ。元力士のセカンドキャリアには、相撲部屋の運営を支える仕事や飲食業、指導者などさまざまな道がある。そのなかで大翔鵬は、妻が築いてきた事業に加わり、商売を通じて新しい生活基盤をつくる選択をした。
断髪式では、将来の目標についても語っている。報道によると、大翔鵬は仕事で成功し、いつか追手風部屋のタニマチになりたいという趣旨の抱負を明かした。タニマチとは、力士や相撲部屋を経済面などで支援する後援者を指す相撲界の言葉だ。
現役時代は師匠や仲間に支えられる立場だったが、今度は自分が支える側に回りたいという思いがうかがえる。断髪式は土俵との決別であると同時に、これまでの縁を別の形でつないでいく節目にもなった。
【断髪式】2026年10月4日、両国国技館で約13年の土俵生活に幕
大翔鵬の断髪式は、2026年10月4日に東京・両国国技館の大広間で行われた。2026年2月の引退から約8か月後の節目であり、長年結ってきた大銀杏を切り落とすことで、力士としての生活に正式な区切りをつけた。
共同通信やスポーツ報知の報道によると、当日は大関の霧島、琴桜ら約130人がはさみを入れ、最後は師匠の追手風親方(元幕内・大翔山)が止めばさみを入れた。妻の小西舞さんと3人の息子も参加し、家族にとっても大きな節目となった。
大翔鵬は式を終えた際、「寂しさはない。けじめをつけられて良かった」という趣旨のコメントを残している。引退会見の前には寂しさがあったものの、断髪式当日は前向きな気持ちで臨んだ様子が報じられた。
式で印象的だったのは、現役生活を終えたことへの感傷だけでなく、今後の仕事や古巣への思いが語られた点だ。引退から断髪式まで時間を置いたことで、本人にとっても現役時代を振り返り、新しい人生へ気持ちを切り替える機会になったと考えられる。
また、報道では断髪式当日の体重が約195キロと紹介された。現役時代とほぼ変わらない大きな体格を保っており、減量に取り組んだものの思うように体重が落ちなかったことも、本人のコメントとして伝えられている。
ただし、体重は計測時期や条件によって変動する数値だ。日本相撲協会の公式プロフィールには身長185.2センチ、体重191.9キロと掲載されており、断髪式当日の報道値とは時点が異なる。いずれも大柄な体格だったことを示す情報として捉えたい。
【経歴・年表】大翔鵬はどんな力士だった?最高位までの歩み
大翔鵬は1994年8月28日生まれ。モンゴルのウランバートルで生まれ、9歳で来日した。千葉県立流山南高校を卒業後、追手風部屋に入門し、2013年春場所で初土俵を踏んだ。
日本相撲協会の公式力士プロフィールによると、2016年九州場所で新十両に昇進し、2019年春場所で新入幕を果たした。最高位は2019年7月場所の西前頭9枚目。幕内在位は9場所で、通算成績は417勝433敗2休、序二段優勝を1回記録している。
経歴を振り返ると、入門から十両昇進まで約3年半、新入幕までは約6年を要した。順調に番付を駆け上がったというよりも、勝ち越しを重ねながら着実に地位を上げていった力士だった。以下に主な節目をまとめる。
| 時期 | 出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1994年8月28日 | 誕生 | モンゴル・ウランバートル出身 |
| 9歳ごろ | 来日 | その後、千葉県立流山南高校へ進学 |
| 2013年春場所 | 初土俵 | 追手風部屋に入門 |
| 2016年九州場所 | 新十両 | 関取への昇進を果たす |
| 2019年春場所 | 新入幕 | 幕内力士としてのキャリアが始まる |
| 2019年7月場所 | 最高位に到達 | 西前頭9枚目 |
| 2025年 | 腰痛が再悪化 | 幕下以下へ番付を下げる |
| 2026年1月場所 | 現役最後の場所 | 東三段目5枚目で3勝4敗 |
| 2026年2月13日 | 引退届が受理される | 日本相撲協会が発表 |
| 2026年10月4日 | 断髪式 | 両国国技館で大銀杏に別れを告げる |
通算417勝433敗2休という数字は、華々しい優勝歴だけでは測れない大相撲の厳しさを示している。大翔鵬は幕内優勝や三賞の受賞こそなかったものの、十両で長く戦い、幕内の土俵にも9場所立った。トップリーグに相当する幕内へ到達し、そこで戦い続けること自体が簡単ではない。
最高位の西前頭9枚目は、三役や横綱・大関には届かなかったものの、幕内上位から中位へとつながる厳しい番付のなかで獲得した地位だ。大翔鵬の経歴を評価するうえでは、最高位だけでなく、十両を含めた長い現役生活と継続して土俵に上がった実績にも目を向けたい。
【引退の経緯】腰痛が再悪化し、関取復帰への道を断念
大翔鵬の引退を決定づけたのは、長く悩まされてきた腰痛だった。2026年2月16日の引退会見を報じたスポニチアネックスやデイリースポーツによると、引退を決めたのは2025年の九州場所中。場所前に腰のけがが悪化したことが大きな理由だった。
大翔鵬は2025年初場所でも腰を痛めており、その後、十両から幕下へ番付を下げていた。腰が回復すれば関取に戻れると考え、治療やリハビリを続けていたが、再び状態が悪化。本人は、得意の右四つの形になっても思うように前へ出られなくなったことを振り返っている。
相撲は、組み手をつくる技術だけで勝敗が決まる競技ではない。相手を押し込む足腰の強さ、体勢を維持する力、立ち合いから攻め続ける持久力が欠かせない。大翔鵬にとって腰の故障は、単なる痛みではなく、長年磨いてきた取り口そのものに影響する問題だった。
日本相撲協会は2026年2月13日、引退届を受理したと発表した。最後の出場場所となった2026年1月場所では、東三段目5枚目で3勝4敗。2025年初場所を最後に関取から遠ざかり、番付を下げながらも現役続行を目指してきたが、再起はかなわなかった。
一方、引退会見では、13年間の土俵生活について「悔いはない。楽しかった」という趣旨の言葉も伝えられた。もっと相撲を続けたかった思いと、故障を抱えたまま現役生活を続ける難しさ。その両方を受け止めたうえで、次の人生へ進む決断をしたことがうかがえる。
引退は、成績だけを理由に選んだものではない。長期的なけがと競技能力の低下を踏まえ、関取復帰の可能性と将来の生活を見据えた判断だった。大翔鵬のケースは、力士にとって健康状態が競技人生の継続を左右する現実を示している。
【妻・結婚】小西舞さんと築く生活、引退後の会社での役割
大翔鵬の妻として報道されているのは、小西舞さんだ。2026年2月の引退会見を伝えたデイリースポーツなどは、妻が内科医として働いてきたことや、モンゴル関連の雑貨を扱う事業を始めていたことを紹介している。
引退後、大翔鵬は妻が代表を務める輸入雑貨の通販会社「ナラン」で仕事に携わっている。力士としての経験をそのまま生かす職種ではないが、事業運営や商品販売など、現役時代とは異なる分野で仕事を進めている。
結婚の具体的な時期や馴れ初めについては、主要報道で詳しい経緯が大きく取り上げられているわけではない。公に伝えられている情報の中心は、夫婦で事業に取り組んでいることと、家族が引退後の生活を支えていることだ。
2026年10月4日の断髪式では、妻と3人の息子もはさみを入れたと報じられた。現役時代は土俵上の勝敗や番付が注目される一方、引退後は仕事や家庭生活が新たな生活の柱となる。断髪式で家族が参加したことは、その転換点を象徴する出来事だった。
また、引退後の仕事については、単に妻の会社を手伝っているというだけではなく、自分自身の将来を見据えて働く姿勢も伝えられている。本人が掲げる「仕事で成功し、追手風部屋を支える側になりたい」という目標を実現するには、事業を継続し、経営や販売の経験を積み重ねることが欠かせない。
家庭の詳細や私生活のすべてが公表されているわけではないが、現時点で確認できる範囲では、家族とともに日本で新しい生活を築き、仕事を通じて自立した将来を目指している。
【得意技・人物像】右四つと寄りを武器にした大翔鵬、好きなYouTuberはもこう
大翔鵬の得意技は、右四つ・寄り。右四つは、相手と組んだ際に右手を相手の左腕の内側に差す形を基本とする組み手だ。そこから相手の重心を崩し、前へ出て土俵外へ運ぶ寄りが、大翔鵬の持ち味だった。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、身長185.2センチ、体重191.9キロとされている。大きな体格を生かして相手に圧力をかけ、重い腰を使って攻める取り口は、長所であると同時に、足腰の状態が勝敗に直結するスタイルでもあった。
決まり手の傾向にも、寄り切りや押し出し、小手投げなどが見られる。特に寄りは、大翔鵬の相撲を理解するうえで欠かせない要素だ。単に体格が大きいだけではなく、相手との組み合いから前進する形を得意としていた。
人物面で知られているのが、好きなYouTuberとしてゲーム実況者の「もこう」を挙げていたことだ。2022年1月のガジェット通信の報道では、日本相撲協会のプロフィールに「もこうの実況」や「東海オンエア」が好きなチャンネルとして掲載されていたことが紹介された。
大相撲の力士という伝統的なイメージとは異なる趣味が知られたことで、競技外での人柄にも関心が集まった。もちろん、好きな動画チャンネルだけで性格や人物像のすべてが分かるわけではないが、土俵上の姿とは違う一面を知る手がかりにはなる。
引退後も、大翔鵬の人となりを知るうえで重要なのは、得意技や番付だけではない。故障と向き合いながら競技生活を続け、引退後は妻とともに仕事に取り組み、古巣への恩返しを目標にしている点にも、その歩みが表れている。
【引退後の評判】現役時代の実績と、これから評価される仕事
大翔鵬の引退後の評判を考える際、SNS上の反応だけを根拠に人気や評価を断定することはできない。一方、引退会見や断髪式の報道からは、長い現役生活を終えた本人の率直な言葉と、今後の目標が伝わってくる。
現役時代の記録で特筆されるのは、初土俵以来の出場実績だ。日刊スポーツの2026年2月13日付報道によると、新型コロナウイルスに関連する部屋全体の休場を除き、初土俵以来849回連続で出場していた。故障で番付を下げる時期があっても、最後まで現役を続けようとした姿勢がうかがえる。
最高位は西前頭9枚目で、幕内優勝や三賞の獲得には至らなかった。それでも、幕内に9場所在位し、十両でも長く戦った事実は、プロ力士として積み重ねた実績だ。番付の高さだけでは見えない継続力や、故障と向き合いながら土俵に立つ難しさも評価の対象となる。
引退後の仕事は、まだキャリアの初期段階にある。輸入雑貨の通販事業でどのような成果を上げるか、事業をどこまで成長させるかについて、長期的な実績が積み上がるのはこれからだ。現在の報道から確実に読み取れるのは、妻が代表を務める会社で働き、仕事で成功することを目標にしている点である。
元力士のセカンドキャリアは、引退した時点で完成するものではない。競技生活で培った継続力や人とのつながりを、異なる業界でどのように生かすかが問われる。大翔鵬の場合、妻と進める事業を成長させ、その先に追手風部屋への支援という目標を置いていることが、今後の歩みを追ううえでの注目点になる。
【プロの結論】大翔鵬の現在を理解する3つの視点
大翔鵬の2026年の動向を理解するには、単に「引退した元力士」と捉えるだけでは不十分だ。現役時代の実績、引退に至った身体的な事情、そして引退後に選んだ仕事という3つの視点を分けて考える必要がある。
第一に、最高位の西前頭9枚目は、長年の努力で到達した実績だ。幕内優勝や三賞がないことだけを理由に現役生活を評価するのではなく、十両昇進から新入幕、幕内9場所という経歴を含めて見ることで、力士としての歩みが立体的になる。
第二に、引退の背景には腰痛の再悪化があった。得意の右四つを生かせなくなったことは、競技を続けるうえで大きな壁だった。番付の低下だけを引退の理由と捉えるのではなく、本人が治療やリハビリを続けた末に決断した経緯が重要だ。
第三に、現在の仕事は妻が代表を務める輸入雑貨通販会社での業務であり、将来の目標は仕事で成功して古巣を支えることだ。引退後の評判や評価は、現役時代の実績だけで固定されるものではない。新しい仕事でどのような成果を積み上げるかによって、今後のキャリア像も変わっていく。
大翔鵬は2026年10月4日の断髪式を終え、相撲界で培った経験を胸に新しい人生を歩み始めた。今後注目すべきなのは、会社での具体的な活動や事業の成長、そして本人が掲げる追手風部屋への恩返しがどのような形で実現するかだ。
【大翔鵬】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大翔鵬は現在何をしている?
A1:2026年10月現在、妻が代表を務める輸入雑貨の通販会社「ナラン」で働いている。仕事で成功し、将来は追手風部屋を後援するタニマチになることを目標にしている。
Q2:大翔鵬の断髪式はいつ、どこで行われた?
A2:2026年10月4日に東京・両国国技館の大広間で行われた。霧島、琴桜ら約130人がはさみを入れ、最後は師匠の追手風親方が止めばさみを入れた。
Q3:大翔鵬の最高位と本名は?
A3:最高位は2019年7月場所の西前頭9枚目。本名はチミデレゲゼン・シジルバヤルで、1994年8月28日生まれ、モンゴルのウランバートル出身だ。
Q4:大翔鵬が引退した理由は?
A4:長年の腰痛が再び悪化し、得意の右四つでも十分に力を発揮できなくなったためだ。2025年の九州場所中に引退を決意し、2026年2月13日に日本相撲協会が引退届を受理した。
Q5:大翔鵬の妻は誰で、子どもはいる?
A5:妻は小西舞さんと報じられている。2026年10月4日の断髪式には妻と3人の息子も参加した。結婚時期や馴れ初めについては、主要報道で詳しい情報が紹介されていない。
Q6:大翔鵬の得意技と好きなYouTuberは?
A6:得意技は右四つ・寄り。好きなYouTuberとしてはゲーム実況者のもこうが知られており、過去のプロフィールには「もこうの実況」や「東海オンエア」が好きなチャンネルとして掲載されていた。
まとめ:大翔鵬は断髪式を終え、仕事と古巣への恩返しを目指す
大翔鵬は2026年2月に現役を引退し、10月4日の断髪式で約13年間の土俵生活に正式な区切りをつけた。最高位は西前頭9枚目。通算417勝433敗2休、幕内9場所という実績を残した背景には、右四つと寄りを武器に戦い続けた年月がある。
引退の決め手となったのは腰痛の再悪化だった。関取復帰を目指して治療を続けたものの、得意技を十分に生かせない状態が続き、現役生活に幕を下ろした。その後は妻が代表を務める輸入雑貨通販会社で働き、ビジネスの世界で新たなキャリアを築いている。
現在の大翔鵬を象徴するのは、引退そのものよりも、引退後に掲げた目標だ。仕事で成功し、いつか追手風部屋を支える後援者になるという夢は、現役時代に受けた支援を別の形で返していく道でもある。今後は事業での実績を積み重ねながら、第二の人生をどのように形にしていくかが注目される。
(出典: 大 翔 鵬(Yahoo!ニュース))